優しさと笑顔に包まれたお鮨屋さん 『桜寿し』さん
2014.12.29

後継者不足と言われる県内の鮨業界にあって、『桜寿し』は少し様子が違う。ご主人の源正信さん69歳と同じカウンターに立つのは、長男の正澄さん45歳と次男の正和さん42歳。「三男坊は俺もやろうかと言ったけど、さすがにやめてくれってね。だから会社員になったよ」と笑う正信さんである。この日の取材対応はそんなご主人と長男の正澄さんだ。
とにもかくにも、ご主人の正信さんは終始笑顔を崩さない。そして嬉しそうにこう話す。「お客さんがねぇ、ここに来るとホッとするって言ってくれるんだよ」とこれまた満面の笑み。毎日、ニコニコしていないとこの表情は生まれないだろうと確信する。

正信さんは鮨職人を志し、中卒で上京。江戸川区南小岩にある『桜寿し』で住み込み修業を始めた。ここで江戸前の技法を叩き込まれ、富山に持ち帰ることになる。成人を迎え独立の準備を始めると、21歳の暮れには地元高岡で開業を果たした。
「軒下の10人ほどが入れる小さなお店で始めた」というが、何せまだ若過ぎる。この厳しい鮨職人の世界に身を置き、世間を知る年配客らをどうもてなしていたのか気になって聞いてみた。すると・・。
「わし、人間が素直やったのか、自分が一人前やと思わんから。みんなに教えてもらってね」と、また顔をクシャクシャにする。若過ぎる鮨職人が物珍しかったのか、客にはレストランのシェフや魚屋の主人などが顔を出し、カウンターに入っては握り方や魚の扱い方を教えてくれたという。「そんなおもしいが駄目やわいと言われ、オラわからん!ってね。それから、こういうもんちゃこうすんがやぜって言われ、はぁ~てね。お客さんに育ててもらったちゃ」と笑顔で振り返る。
今は50人も入れるお店に2人の息子が職人として働く。創業47年の歴史がキラキラと輝いている。
長男の正澄さんも、同じ東京の『桜寿し』で修業を積んだ。もちろん、父の正信さんの繋がりからだ。そんな2人が握る鮨は、やはり"ひと手間ふた手間"違うらしい。正信さんが駆け出しの頃、お客さんに教えてもらったことは今に生きるが、やはり江戸前で身につけてきた技術は本物。富山湾で獲れる穴子やコハダなどに江戸前の下ごしらえが加わると、何とも美味い鮨が握れるという。これを目当てに市外からも多くのファンが足を運ぶ。また、土日は若いカップルも姿を見せる人気店なのだ。
「銭なんか気にせず入ってくだはれ。1000円でって言われたらそのように握ってあげっから」と正信さんは言う。しかし、カウンターの上に張り出されるメニューの値段にちょっとひいてしまう。"トロづくし5400円"が目に入りたずねると、心理的な誘導を狙ったとのこと。しかし・・。「横に書いた"ちらし寿し
上 2700円"を食べてもらいたくて作ったメニューで、本当は食べて欲しくなかったのに、これが予想もせんかった。ボンボン出るがやぜ」と大笑い。でも若いお客さんには「あんたこんな高いが食べんでいいがやぜ。安いがあんなか」と制止をかけると言う。
そんな話をしながら盛り上がる中でも時折、正信さんがこのフレーズを響かせる。「何せお客さんに、ここに来るとらぁ~くになってねぇって言われるが。うち帰ってきたような気がしてホッとするってね。ワシ、なんもそんな雰囲気、意識して出してちゃおらんがに」と、この時ばかりはあえて真剣な表情をみせる。そんな横で富山湾鮨を握ってくれる正澄さんが、正信さんにツッコミを入れる際にみせるやさしいボディタッチがこの上なく微笑ましい。何ともポカポカと心が温まるお鮨屋さんだ。